新得町長選挙 '93

 新得町政の転機となった、とっても楽しく、とってもいい選挙でした。
 「有権者の多くはこれを大差とは見ず、能登氏が有効得票数の22%に当たる1119票も獲得したことに、驚きを隠さないでいる。能登候補の陣営は、金も支持基盤も乏しく、表面で選挙戦にかかわった人数はわずか20人程度。まるで圧倒的に豊富な戦力をもつ政府軍に、銃で立ち向かうゲリラの構図に似ていた。にもかかわらず、四ケタ票を取った意味は深い。」(北海道新聞)、「健闘光った能登氏」「堂々と政策を訴えるクリーンな戦いは共感を得た。」(十勝毎日新聞)
 町の雰囲気も、選挙前は役場臨時職員等の不当解雇(3名)や誹謗中傷(前町長の小説・議会だより)など圧力事件が相次ぐ最悪の状態でしたが、選挙後は随分と変わりました。
'93 新得町長選挙の記録(1993年9月発行)より

町づくりの主人公はあなたです

芳賀 耕一

 私たちは町民が主人公の町政を!≠ニ訴えましたが、四年前の佐々木忠利後援会パンフレットにも町づくりの主人公はあなたです!≠ニありました。
 18年前の町長メモには町政参加≠ノついて次のように書かれています。「本町ではいま、できるだけ多くの方々に、町政を知ってもらい、町政を考え、町政に意見を述べていただく住民参加の実を上げようと努力しております。」「民主主義というものはもともと時間のかかるものなのです。」「各層からのマチマチの意見も考え方もぶっつけ合うことによって、よりよい方向が見い出されるのです。それよりも、もっと大事なことは、町政に自分が発言した。自分の意見がとり入れられたということが町政を身近にすることであり、町政が自分達のものなのだという意識をやしなうものだと思います。そして、みんなで町を創り上げていこうという心を芽ばえさせることが住民参加を必要とする最も大きな理由ではないでしょうか。」
 佐々木町長は本当に努力してきたと思います。それなのに、どうして現在の町政はこんなに理想とかけ離れてしまったのでしょうか。民主主義というのは確かにわずらわしいものです。四期が限度≠セったのかも知れないし無投票が良くなかった≠フかも知れません。でも一番良くなかったのは、町政を行政や町議にまかせきりにして参加しようとしなかった私たち町民だったように思います。
 二年前のリゾート拡張計画をきっかけに町政に発言する町民が増えてきましたが、行政や町議は不当解雇(役場臨時職員等三名)・誹謗中傷(町民文芸・議会だより)など様々な圧力で私たちを抑圧し孤立させようとしました。これでは発言できる者は限られてきます。話し合い・議会陳情…すべてを拒否された私たちに残されたのは住民監査請求・訴訟といった法的解決の道だけでした。そして町政を知ってもらい自分達の真意を知ってもらうために新聞折り込みをしましたが、ヨソ者集団∞独善排他的∞ごく一部の反対派∞でたらめで極めて悪質なチラシ∞過激派の残党∞感情的対立∞何でもかんでも反対=c、いろいろと言われるのも仕方の無いことです。
 そんな状況で迎えた今回の町長選です。無投票だけは何としても避けたい…という気持ちは当然ありました。ところが能登さんも私も、そして仲間達の多くが選挙嫌いで、「何のために、どんな選挙をするのか」というイメージを組み立てられずにいました。そんな私たちがここまでやってこれた一つには、山本博さんの熱意に対し「一生懸命やらないと申し訳ない」という気持ちがあったと思います。ただ選挙嫌いだけはどうしようもなくカンパを集めない∞人を集めない≠ィまけに票まで集めない≠ニ山本さんには最終日まで心配のかけ通しでした。それでも、私たちが選挙を知らず無欲だったことが結果的には思いがけないほどのいい選挙≠ノつながり、決してごく少数≠ナはない陰ながら応援してくれる人≠ニ出会えたことは感動的でした。そして山本さんからもどうやら及第点をもらえたようで心底ほっとしました。
 私たちの政策は1119票を超えて町民に浸透したと思います。これらの政策は住民福祉を原点とする町づくり∞住民参加の町づくり≠目指す斉藤町政にとっても重要課題になるはずですから、今後は斉藤町長が政策を実現できるよう応援していくつもりです。たとえば、酒造公社には七億円を超す負債があり、約四億円は新得町が保証人となっています。斉藤町長は「これ以上の財政支援はしない」と約束しましたから、倒産しても債務補償額を超えて財政負担することは許されないことです。町長に対しては様々な圧力がかかると思いますので、斉藤町長の公約実現には私たち町民の協力が不可欠でしょう。
 今回の選挙がひとつの転機となるにしても今後どのような方向に進むのかわかりませんが、とりあえず期待すると共に、今後とも活動を続けていくつもりです。


こんな選挙はめったに体験できないぞ

芳賀 治美

 候補者の名前ばかり連呼するうるさくて迷惑な選挙カーは大嫌いで、まさか自分がそれに乗るとは思ってもいなかったですけど、今回の能登さんの町長選を手伝うことができて良かったです。ありがとうございました。
 政治(家)とか選挙とか私は不信感ばかりがありましたけど、そうじゃない選挙もあるんだなってわかったし、こんなに気持ちの良いあったかい選挙なんてそうめったに無いでしょう。また能登さんの飾らない生き方・姿勢に「すごい人だなあ、まいったなあ」と思い知らされました。前に伊丹十三監督の選挙の映画を見て、選挙ってこんなにとんでもないものかと呆れていたけれど、能登さんの選挙は全然違いました。一人一人がそれぞれの持ち味を生かして準備をしたり出来ることをして楽しく和気あいあいとしていた、みんなで一生懸命つくり出した選挙でした。
 「応援してますよ」と戸口に出てきてくれた人、「がんばってね」と窓から手を振ってくれた人…。25日の夜、選挙事務所でダルマの絵に両目を入れて勝利宣言した能登さんと1119人の人たちみんなで喜び合いたかったと思います。みんなでつくり上げた選挙だったから。
 また、この選挙に関らなければ読むこともなかったと思う『地方選挙の手引き』という手引き書はなかなか細かい規定がたくさん書かれていて、「この内容を全部クリアしている選挙というのは、そうないだろうなあ」と思いつつ面白く読みました。

 この場を借りてぜひ書いておきたい佐々木前町長のこと。
 十数年前の春に私が新得に来てすぐの頃、農家回りをしている町長の訪問をうけました。それまで私が住んでいた所の区長さんや市長さんは顔もよく知らない様なそんな感じでしたから、新得に来て町長さんが個々の農家を訪問して回るという事にとても驚きました。結婚したばかりの時で、町長に「結婚おめでとう」と言われた事がとてもうれしかったです。
 私より先に新得に住んでいたうちの父ちゃんは「新得は住みやすく、町長はとってもいい人だ」といつも言っていたんです。道内・道外からうちに訪ねてくる人みんなにそう言っていたんです。私は、町長は東京出身だと聞いたので同郷だと思い、ビートを見て「これはホウレン草ですか」と言ったという話を聞いて親近感がわき(これらはあとで、間違いだったという事でしたが…)、気さくな町長に好感を持っていました。桜まつりなどで会えば「やあ」と気さくにあいさつを返してくれ、広報の町長メモも読みやすくわかりやすくて、年賀状・暑中見舞などの文面も町長の率直な気持ちがわかりやすい言葉で書かれていて好感をもって読んでいました。でも、春になると農家を回って「どうですか」と声をかけて世間話などをしていった町長も二〜三回きりで、その後まったく来ない様になってしまい、どうしてかなと残念でした。
 私は町政のことはあまりよくわかりません。酒造公社の事も何回聞いても頭に入らないし、やっぱりよくわかりません。リゾートに関する事もいろいろ考えるとそんなに簡単な話ではなく複雑です。でもリゾート反対派と言われている町民の声を町長は誠意をもって聞いて欲しかったです。リゾート問題に関しては、町長は町民の思いをきちんと受け止めてくれませんでした。その上、町長が町民文芸に書いた「クマゲラの里」、反対派がうそをでっち上げた様に書かれているあの小説を読んで「町長はいったい何を考えているのかしら」と情けなく本当にがっかりしました。
 何はともあれ、絵本の中の動物村の村長さんみたいな訳にはいかない複雑な人間社会です。二十年もの町長職、ご苦労様でした。

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